滝田ゆう落語劇場(全) 滝田ゆう

滝田ゆう落語劇場 (ちくま文庫)

滝田ゆう落語劇場 (ちくま文庫)

滝田ゆうが、落語のネタ(演題って言うのかな?)を短編マンガにしたものを集めた本。30数編の落語マンガが載っていて450ページ以上あってまず分厚さ的にお得感たっぷり、読み応えたっぷり。このマンガを読んで改めて思ったのだけど、滝田ゆうは江戸、東京下町の生活と情緒を描かせると、杉浦日向子と並んでこの分野では日本屈指の漫画家であったのではないか(注 現在、滝田氏は故人で、杉浦氏はマンガを描いていない)。だって面白いんだもん! 下町庶民の暮らしのショボコさ、楽しさ、心の豊かさ、やるせなさを実に活き活きと描いていて、読むのが非常に楽しい。
しかも、楽しいだけではなく、「ぞっとするような人間の怖さ」もキチンと表現されている。妻を寝取られた夫が、その寝取った男を前にして言うセリフと表現が、ものすごく怖い。ベタで顔と身体を全て真っ黒に塗りつぶしているのである。ベタの黒さというのは、「何も見えない」という怖さがあると思う。「紙入れ」という短編がこのベタ表現で最後のコマになっているんだけど、こりゃ本当に怖かった。それと、自分の寿命が短いとわかったロウソクに人の寿命を足す作業をすることになった「死神」という短編。これも最後のコマが急激にぞっとするような落とし方で終わっていて実に怖い。他の短編は狸が人をばかしたり、キンタマをお金と間違えて握って痛くて目が覚めるという夢オチなど、牧歌的に「チャンチャン♪」と終わってる作品が多い中、いきなりゾクゾクするような怖いものが入っていてこの落差がものすごかった。
落語ビギナーの人に「落語ってこういう話なんよ」と解説するためにすすめるのもグッドな1冊だと思います。デビュー作の「寺島町奇譚」のときはちょっと世界設定がつかみにくかったり読みにくかったりしたんだけど、これはかなり万人向けにオススメできます。B+