邪眼は月輪に飛ぶ 藤田和日郎

今年読んだ中で一番熱い物語だったんじゃなかろうか。『少女ファイト』も熱いんだけど、ああいう青春の熱気とはまた違った、老人の熱さ。

藤田和日郎の「怪異」に対するセンスって、やっぱりちょっと並外れて凄いなあと改めて思った1冊だ。

その眼で見られた者は全て死んでしまうという「邪眼」を持つフクロウ、コードネーム「ミネルヴァ」。対するはミネルヴァに妻を殺された老猟師、鵜平とその娘、輪、そしてCIAのケビン、デルタフォースのマイクの4名。1冊ぐらいのボリュームだと、主要人物はこれぐらいに絞られていたほうが凄く動きやすいんですよね。設定も猟師という「命を奪う者」と娘が「命を救う」巫女というのも光る。CIAとデルタフォースというのも、読んでいくとだいぶ違っててなるほどと分かる。

設定が絶妙。なんかこう「ジャガン」とか「ガチリン」とか「CIA」とか「デルタフォース」とか「米軍」とかさ、こう、ギリギリの中二病ぐらいのセンスがほんとにいい。凄く好き。「オトコノコスピリット」を燃えさせるものが大いにある。こういう「大いなる脅威」に全力で立ち向かう人間の物語が、藤田先生は好きなんだろうなあとしみじみ感じた。

第2話でお得意のサービスカットもあり、このあたりの読者サービスはうしおととらからくりサーカスという長編を2作も描ききった大作家なのに偉いというか凄いというか。掲載雑誌が青年誌だったもんだから、うっすらヘアまで描く先生は凄い。

そして兵器。空母からヘリコプター、戦闘機や戦車がどしどし出てくるが、いずれも非常に細かいところまで描写している。うしおととらでも現代兵器はかなり出てきていたし、その後の短編集でも出てきた。兵器好きなのかな〜。僕もああいう「速さの美学」とか「輸送の美学」といった、思想を感じさせるものは好きですけども。作画がいいです。

しかしうしおととらの時代から、外国人は苦手なのか、皆日本人に見えてしまう。たくさん出てくる外国人は、鼻を高くして目の色の表現を変えるという作画でデザインされているが、記号的である。ケビンなんかは髪も黒いし、普通に日本人みたいだ。もっとも、「そこが本質」というわけではないから、全く構わないわけで、眼の色や鼻という記号で表現することを間違っているというわけでは無い。

作画の話さておき、作劇は名人だなあやっぱり。「人間の因縁」をドラマティックに描くのがうますぎる。とりわけ中盤以降、鵜平の過去、輪の感情的こじれがとける143ページから148ページのくだりは物語の山場の一つであり、感動的である。そしてこういう感動シーンでも大ゴマを連発しないのが藤田作品の特徴でもある。大声で叫んで1ページ2コマ3コマとか、そういうことは皆無で、感動的なシーンでも1ページ5コマとか普通に入れている。物語の構成上の都合もあるかもしれないが、ここでそういう抑制を出来るというのが流石だと思った。1ページに1コマ使ったのは2回しかなく、いずれも鵜平VSミネルヴァのシーンだけである。その構図が実にカッコイイのだ。

エンディングも「その後の彼ら」を想像させる余韻のある素晴らしいものだったし、ハッピーエンドは藤田作品の嬉しいところですなあ。ミネルヴァを絡めた親子の絆の復活、命を懸けた戦いを通した友情の物語活劇、堪能しました。A