凍りのくじら 辻村深月

凍りのくじら (講談社ノベルス)
凍りのくじら (講談社ノベルス)辻村 深月

講談社 2005-11
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内容(「BOOK」データベースより)
藤子・F・不二雄をこよなく愛する、有名カメラマンの父・芦沢光が失踪してから五年。残された病気の母と二人、毀れそうな家族をたったひとりで支えてきた高校生・理帆子の前に、思い掛けず現れた一人の青年・別所あきら。彼の優しさが孤独だった理帆子の心を少しずつ癒していくが、昔の恋人の存在によって事態は思わぬ方向へ進んでしまう…。家族と大切な人との繋がりを鋭い感性で描く“少し不思議”な物語。

370ページ2段組と容量はそこそこ多めだけど、文章が読みやすく話のフックも強かったので、一気に読了できた。各章の冒頭には、その章の中身を端的に記すドラえもんひみつ道具の名前が書かれている。いや、書かれているというよりは、道具の名前が章の名前なんだな。どこでもドアから始まり、カワイソメダル、いやなことヒューズ、ツーカー錠、どくさいスイッチなどの名前が並ぶ。藤子F先生ファン、とりわけドラえもんフリークなら思わずニヤリとしてしまうラインナップである。ミステリー、というわけでもない、藤子作品のようにSF(Sukoshi Fushigi)小説とでも言うか、最後の展開は小説ならではかなという気がする。しかし中盤から終盤にかけて、主人公の元彼の「人格が壊れていく様」を淡々と描いているのはかなり迫力があった。自尊心は無ければ生きる誇りを持てないが、高すぎると失敗したときに身を滅ぼすということか……。ドラえもんにも『強すぎるイシは身をほろぼす』というエピソードがあったなあ。

で、一番感じ入ったのはキャラクターと心理描写で、かなり達者だと思った。主人公の理帆子が凄まじく覚めた性格のキャラクターであるため、理帆子視点で描かれる他のキャラクターも特徴が理解しやすい。まあなんか、主人公は本好きにありがちないわゆるちょっと中二病気味の高校生なのでそういう「痛さ」っていうのが目立つし読書体験による優越感みたいなのが出てるんだけども、自己愛も鼻につかないギリギリのところで抑えられており、読み進めるのが嫌になるということは無かった。他の登場人物、元彼の若尾の壊れ方はリアリティがあったし、若尾と理帆子がなぜ付き合うようになり別れたか、という経緯のあり方も興味深かった。こういう「胸の一部がジクジクするような痛さ」を持った人ばっかり出てくるとしんどくなるが、中盤以降に出会う、物語の鍵を握る重要人物である久島多恵と郁也少年の好人物描写になんだか救われるような気がした。話すことができない郁也の純粋さ、素直さ、そんな彼の世話をする多恵。多恵は家政婦でセリフがかなり多く、明るく人をいい気持ちにさせる演出が上手でまっすぐな性格をしているのがとても良いと思った。

伏線の収束のさせ方、出てきたキャラクター皆に見せ場があり、母親の死と若尾の暴走、2つの山場ともに読み応えがあった。理帆子の父親の言葉に何度か涙腺がゆるむ。

いやあ、この作者のほかの作品も色々読んでみたくなった。講談社からけっこうボリュームのあるのが数作品出ているね。しかしメフィスト賞はバラエティに富んだ才能を発掘するなあ。たいしたもんだ。藤子F先生に対するリスペクト精神(と簡単に書くべきものでもないような気さえする敬愛の心)がビンビン伝わってくるし、F先生ファン、ドラえもんファンにはぜひオススメしたい。A-