オタクはすでに死んでいる 岡田斗司夫

民族としての「オタク」の絶滅というお話。うーん、なるほど。もうちょっと色んな部分で客観的なデータというか、統計的な数字の情報があれば世代間の話がもっと説得的だったんじゃないかと思うのだけど、社会評論として概ね理解出来た。そりゃあ鉄道オタク、ミリタリーオタクとアニメオタクって、もはや共通の「オタク」という文化的文脈ではなかなか語り得ないものだよなあ。

オタクは死んでも萌えは生きる、個々人の好きなモノは生きる。というか、個々人が何かを好きな、愛でる「気持ち」が生き続けるのだろう。そこには「文化」としての共通の文脈や感覚は、無くなるのだった。オタク文化とオタク民族は死んでも商品は残るし、作品は残る。そしてそれを愛する人々の「気持ち」は残る。あと20年30年経ったらどうなるんだろうかな。筆者が書いてい終盤の「マニア化」の項目でも書かれていたけれど、「SFファン」の盛衰と同じルートを辿るとすれば、「個別のジャンルのマニア」が増えていく、という事か。岡田氏の同人誌「オタク・イズ・デッド」を既に読んでいたのでより理解が深まった。

気になったのはこの本の「オタク」の定義と、「オタク学入門」でのオタクの定義がちょっと違ってるかなというところで、「オタク学入門」では「特殊な眼」を有する人間をオタクとしてたような。ちょっと今手元にないのですぐ確認出来ず記録的に記す。A-